アウトサイダーな私が思うFLATUP愛

管理人のつぶやき


ジム経営みたいな仕事に携わり早いもので1年が過ぎました 最近ようやく落ち着いて考える時間もできてきたので抱えている問題点を一つ一つ整理して改善しているような状況ですここら辺で一つ嘘偽りない気持ちで自分の格闘技に対する感情をブチまけてやろうかと思いました私はこういう思想の元FLATUPというジムを継続させる事に人生の大半を捧げてるという事実を会員さんに知ってもらいたいと思うようになってきたのです

私は会員様(特にキッズ)を平等に愛情もって接している(つもり)でいます誰かを特別可愛がったり誰かをプロ選手に育てたいみたいな感情は一切ないのですプロになりたいのなら応援しますが推奨しませんプロになりたいって言うのであれば最低限私を倒せるくらいには強くなって欲しいと願っています(この姿勢を変えるつもりはないです)

格闘技エキスみたいなものを肌で感じて欲しくて試合に出てみませんかと誘いはしますが自由参加です気が向いたらやってくださいという気持ちです学習塾に例えると現在の学力を知る為に模擬テスト受けてみますか?みたいな感覚で誘ってます私は,試合に出る子が偉いと思わないし試合に出ないからってどうとかもないですが一歩間違えれば怪我をする危険な行為をさせている認識があるのでキッズクラスの1時間だけは私の指示通りにしてくれないと怪我をするのでそこだけは集中してお願いしますというお話で(そしてこれは私の趣味が入りますが試合に出て勝ったり負けたりすることでキッズの成長が見れるのが楽しくてそこは少年野球のコーチみたいな趣味感覚でやっているのです)

FLATUPGYMを運営して存続させるのが私の仕事格闘技の試合に私が出たり選手を出したりするのは私の趣味だと思っております。私はリングの中にいる子供達にしか目を向けません会員でいてくださる皆様が格闘技というものを通じて人生の中で少しでもプラスになるような事があればいいなぁと思いながら毎日を過ごしております

私はもうすぐ31歳になりますが初めて格闘技というものに触れたのは10年前の21歳の時でしたこれがその時の動画

見てもらえるとわかると思いますが当時は訳あってド素人で格闘技の試合に参戦しボコボコにされて負けました、これがきっかけでちゃんと格闘技を習おうと思ってFLATUPに入会したのはー23歳の誕生日の時今から8年前でしたーここから私のFLATUP物語

当時の私は中卒で学歴無し定職にも付かないでフリーターをやっていましたアルバイト先のラーメン屋の有線チャンネルを勝手に変えて店長に(ジャズ聴きながらラーメン食ってもうまくないと思うんですよね)みたいな発言をしてクビになるしょうもない若者でした(実話)

仕事もさることながら私生活も荒んでいました私の父親が北総病院に寝たきりの状態で半年程入院していました 3日に1度くらいは父の身の回りの世話髭を剃ったり身体をおしぼりで拭いたりする為に母を乗せて八千代〜印西まで車を走らせ小一時間ほど父の顔を眺めて母を家まで連れて帰るという生活を続けていたのですが毎日ストレスを感じていました それがどの程度のものかと言いますと母を助手席に乗せてるのにわざわざカーステレオから長渕剛の鶴になった父ちゃんをリピートで繰り返し聴かせるような精神的打撃を繰り返すほどのものw


そんな時にFLATUPGYMと出会いました友人の勧めで緊張しながらFLATUPの門戸を叩くとイカつい風貌のオラオラなトレーナーが出てくるわけでもなくPSP(プレイステーションポータル)でモンスターハンターをプレイしながら出て来た先代(平井会長)

あ、体験やる?とりあえず縄跳びできる?みたいな拍子抜けするくらいゆるい対応に惹かれて入会を決めました私はFLATUPGYMの会員NO2番なのです私は元々はただの会員なのです そして入会した次の日には会長に飲みに連れて行ってもらって大事なお話をたくさん聞かせてもらいました

そこからの数年間数え切れない程のエピソードがありますが、アマチュア大会で数戦こなした後,石巻でキックのプロデビュー戦を行い勝ったご褒美にタイに連れて行って頂いたり会長と2人でスーパー銭湯に連れて行ってもらった後飲んだり竹原ピストルのLIVEに連れて行ってもらったり、振り返ってみると父を亡くしたばかりの私にとってFLATUPGYMというのはものすごく居心地のいい居場所で正直ものすごく救われました。

私はなんていうか父を失った寂しさをジムに埋めにきていたような気がしています先代が作ったFLATUPGYMはとても暖かったのですそこを守りたくて私はジムを引き継ぎました。正直な話私は(そこ)しか考えていないんです

FLATUPというジムは他所にはない雰囲気のジムでした
プロ選手は数えるほどしかいないしきちんとした指導者がいなかったものの誰かの試合が決まれば選手同士ミットを持ち合いセコンドにつき切磋琢磨してお互いを応援しながら強くなっていきました 当時の主戦場だった石巻のドラゴンジムの震災チャリティーマッチに出場する時には運転手を交代しながら千葉ー宮城間(往復900キロの距離)をとんぼ返りしてきたり素晴らしいチームワークのジムだったのです

私はその空気感を大事にしたくて現在ジムをやっているのです

冒頭に戻りますが子供の教育方針は各ご家庭で違うと思いますし子供をプロにしたいって方もいれば試合に出したくないっていう方もいらっしゃいます正直言ってわからないのです私には子供いないしなので私はできる限りキッズ達が一生懸命になって練習してくれる空気感を作っていきますのでどうか温かい目で見守ってくださいキッズが試合に出る時には全員でジム仲間の声援をよろしくお願い致します
(じゃないと私がやっている意味がないので辞めちゃうんだからw真剣)重複して書きますがただただ私はこの先代が作ったFLATUPというジムが大好きでこのジムを存続させる為に私の人生の大半の時間を注いでいるんです
(真剣)

書くのに疲れたのでまた今度気が向いた時に書きます注:トップ画像の写真は先代と私ではなくて先代とソガの写真(若干のジェラシー)

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